今週のおすすめ本


ブック名 間宮林蔵
著者 吉村昭
発行元 講談社文庫 価格 729円
チャプタ
いつものようにチャプタの見出しはない。
13チャプタからなる。

キーワード 探検家のこころ、隠密、鎖国下の外圧、人のネットワーク
本の帯
謎多き探検家の波瀾万丈の生涯を描く歴史長編。
樺太は島なのか、大陸の一部なのか?
気になるワード
・フレーズ

・身を守ることしか考えぬ役人ども・・・と、林蔵は腹立たしさを感じ、かれらの血の気を失った顔に 苦笑した。
・村上は、各地を調査して測量をし、地図を作成して幕府に提出する。村上の脚力が非凡なものである ことに驚嘆した。
・「あなたは魚が嫌いらしく食べぬが、どうしても口に合わぬなら蝦夷地から去りなされ、この地に 来てから病みがちだと言われるが、当たり前のこと。蝦夷人(アイヌ)は主として魚を食い、昆布を 口にする。それ故、病むこともなく冬を越す。郷に入れば郷に従えという。蝦夷地にいたければ、 蝦夷人を見習い大いに魚や昆布を食すことです」林蔵は、老人の言葉に眼を開くような思いであった。

・人間の知識だけでは原因のつかめぬ病気が数え切れぬほどあり、水腫病もその1つであると言える だろう。ただ1つはっきりしていることは、アイヌが水腫病にかかることがほとんどないという事実 であった。
・林蔵は、わくにしばられた生活をきらい、未開の地にすすんで身を投じた久保田に関心をいだいた。 林蔵自身にしても、蝦夷以外の地で測量する仕事に従事すれば平穏な生活が約束されるのだが、 あえて蝦夷にとどまっているのは、見達と同じように未知の世界への憧れからであった。
・林蔵は、遠くロシアの首都まで行きたいと願い出ている。それは、稀有な申し出で、国益のためにも このような男を従わねばならぬと思った。ふと樺太へ派遣してみるかという考えが、 高橋の頭にうかんだ。

・林蔵は多くの危険にさらされながら旅をつづけた樺太北部と東韃靼 の地図は、自分の手でまとめ幕府に 提出したかった。資料を高橋に渡してしまえば、高橋が制作をすすめている世界地図に利用され、 その功績を独占される。
・「一生無役」とは、一定の仕事に拘束されることなく、自由に仕事を選べることを意味する恩典 であった。
・林蔵は、シーボルトに面会を申し込まれたことも、まして親しく交わったこともなかった。 自分に対する評価が一変してしまったことに呆然としていた。しかもその傾向は、日を追うて 激しさを増しているようだった。

・彼は、役職に未練をいだくことはなくなっていた。年令も50歳を越えたので故郷に帰り、 余生を安楽にすごしたい気持もいだいていた。 いつでも役人の地位を投げ捨てる気持ちすら持っていた。。
・大丸屋では、奥の部屋の隠密用の変装具がすべて用意されていた。
・異国船騒動の話は、報告書とはかなり差があった。・・・鉄砲を打ちかけてきたイギリス人 たちに、ただ恐れおののいて逃げまどっただけで、刀や槍、旗なども投げ捨てて奪われた。 その醜態については、口外することをかたく禁じられているという。

かってに感想
私の好きな吉村昭歴史小説作品である。
1964年単行本化、1988文庫化、そしてこれは22刷目。
「間宮林蔵」、間宮海峡を発見した人程度しか知らない。

物語は、文化4年(1807年)4月25日、千島エトロフ島のオホーツク海沿岸にある シャナの海岸シャナ会所に、「ロシア艦の水兵たちがナイボに上陸した」という情報が アイヌ人によりもたらされ、騒然となっていた。そんなところから始まり、林蔵が1844年 内縁の妻おりきに看取られて死ぬまでが描かれている。
江戸幕府が200年以上、鎖国政策を続ける中、異国船が遠洋航海に耐えうるものとなり、 日本近海にもその異国船が頻繁に出現し、いろいろなトラブルが発生していた時代である。
もう少し後の時代まで、林蔵が生きていたら、異国船に対するどんな 海防論を唱えていただろうかと思う。

吉村作品を読んでいると、いつも思うことがある。
それは、「あとがき」に記されている小説を描くための史実やヒントをどこから 得て、そこから構想を練ってどう展開したかと言うことだ。
今回もそこをちょっと読んで見ると、面白いところがあった。

それは、主人公は、妻帯をしたという事実がないにもかかわらず、林蔵の墓には、 二人の女性の戒名が記名されているという。
筆者は、かならず描く主人公の墓を訪れるのだが、 この女性の話も小説に取り入れているのだ。
そんなところを読むとなるほどうまいものだと、 そして、主人公がより身近に感じられてくるから不思議だ。

主人公の林蔵には、三つの顔がある。
1つは探検家としての顔、1つは土地測量と地図作成者としての顔、そして、幕府からの密命を 帯びた隠密として、海防をどのようにすべきかを提案する顔である。
次の展開はどうなるかとどきどきしながら、興味深く読み進めたのは、 前半の探検家としての部分である。

「樺太は島なのか、大陸の一部なのか?」という林蔵としての命題を達成するため、 言葉の通じない未開地へ、命を落とすことを常に考えながら、 たゆまなき冒険心を全面に出しての彼の行動力を描いていくシーンは秀逸である。
樺太が島であるということを確認し、目的を達成した林蔵は、多くの人から認められ 全盛期を迎えている。

その探検家のこころをうまく表現しているフレーズがある。
「林蔵は、さらに北へ進みたかった。樺太が島であることを確かめるためには、 その最北端を見きわめねばならない」
「林蔵は、樺太が島であることを確認し、幕府から命じられた役目を果たす ことができたが、樺太がどの国の影響を強く受けているかを知りたかった」
「樺太調査を完全なものに するには、東韃靼におもむき、その実情を把握する必要がある」

しかし、いつもながら人間というものは、いいことばかりが続くわけではない。
幕府天文方高橋作左衛門から受け取った書簡と小包(シーボルトからのもの)をお役所に 届けたところから、シーボルト事件へと展開し、 彼へ向けられる世間の冷たい視線に晒されることになるのだ。

主人公が名もない農民の子から、世間に見出されていく過程に人の不思議な縁を感じる。
まずは、13歳の時、小貝川の堰きとめ工事で、普請役雇の村上島之允に見出され、下僕になったことである。
次に、ロシア来襲騒ぎに巻き込まれ、処罰が決らない段階でありながら、 オロシア潜入の上申書を奉行支配吟味役高橋重賢(三平)に提出し、それが採用されたことである。
もう一つは、伊能忠敬の縁から、羅針盤を貰い受けさらに、地図作成のノウハウを教えてもらったことである。
縁とは本当に不思議なものだ。


<読み感記録>
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