中谷彰宏作
大人の友達を作ろう


大きな書店では、中谷彰宏のコーナーがあるくらい、著者の本は売れてるのだ。
いつも読まないといけないとか、読んでみようと思いながら、一冊も読んだことがなかった。
ついに意を決して、単行本は高いので、文庫本の中から、いろいろと探してみた。

自分にいま一番何が不足しているか、また一番何をしたいと思っているか。
「ネットワーク」作りをキーワードに探してみた。
見つかったのが、この本である。

選んだ理由は、本題の「大人の友達」で副題の「劇的に変わる人脈」なのだ。
内容に入る前の、まえがきでもう結論をもらったような気がする。
それは「人間関係を、偶然だけに頼ってはいけない」である。

「人間は『出会い』で生まれ変わっていく。・・・出会いは運です。でも、運がすべてではありません 。・・・気持ちや姿勢で動きます」ということなのだ。
要は「運」に頼っていても何も変わらないということなのだ。
とかく、人と人との関係は煩わしさが先に来てしまい、出会いを自ら求めることは敬遠し勝ちである。

そこをから一歩踏み出さないと変わりはしない。
とにかく動いて、出会いを求めることなのだ。
そして、その「出会い」から自分が何を得るかということになる。

このまえがきの後に、人生を変えるために60項目のフレーズがある。
ただ、これをすべて実行するなんて考えただけでも、気が重くなる。
そんな時は、自分がピンと来たものを実行してみることなのだ。

いつものことなのだが、ノウハウ本は、自分がもらえるヒントだけをもらえばいいと、私思っている。
あれもこれもみんなもらおうなんて考えてみても、そんなに簡単に人間変われるものではないのだ、それも劇的になんて・・・。
このチャプタはこれだけ「いただきで」と私は思っている。

筆者は、こういったノウハウ本をいくつも出しているようだ。
これからは、時には、筆者のコーナーを覗いて、本題に、自分が求めているものがあれば、買ってみようと思う。
ただ、あれもこれも変えなさいというのは、老いていく人間にとっては、いまさらしんどすぎることは否めないし、劇的な変化を求めていることもあまりない。
とはいえ、変化を求めたいなら、いくつかの壁を破らないことには、何も変わらないということは事実でもあるのだが・・・。



土屋賢二作
棚から哲学


土屋ワールドの本は何冊目だろう。
面白くて大いに笑わせてもらいすぎ、忘れてしまった。
私の場合、読み終えた後、自分が気に入ったものは、かならず著者の紹介を見る。

さらに、馬鹿受けの面白さの場合、顔をじっくり見ることにしている。
しかし、ごく最近までこの著者のセンスのいいご尊顔を拝したことがなかった。
ところが、その機会は、意外に早くやってきた。書店での雑誌の立ち読みで見つけたのである。

ただそれだけである。こんな素晴らしい著者なら親の顔も見てみたいと思うのは、私だけだ。
なんと、著者の母へのインタビュー付きだとは、読み終るまでわからなかった。
この本は永久保存版にしたいと思う。

このインタビューの冒頭に出てくる「『ご長男の本が出ましたね。おめでとうございます』 と言われるたびに、肩身の狭い思いをしています。息子の書く文章はどれ一つとして品格があり ません。・・・賢二ががよく言っているように、買うだけで中身を読まないでいただければ 助かります。わたしは、賢二をあんな文章を書くような人間に育てたおぼえはありません。賢二を 育てたというおぼえさえありません。子育ては夫の仕事だったからです」、このフレーズから誰しも 、この母にしてこの子ありと、確信することはまちがいない。
論旨の展開、話のすじの言い回しは、間違いなく遺伝子として受け継いだものなのである。

読み終えて、いつも感じるのは、なんでこんなに世の中矛盾することが多いのかということである。
日頃起きる出来事は、こうこうだからこうであるなんて思っているが、これは単なる思い込みであり、 逆から見てみると全く違うことに気付かされるのだ。
「真理」があちこちにちりばめられている。

ただ、この本を読んだ人は、誰しも漫談のネタ本としか理解できないだろう。
そういった目で見ると、哲学者というより漫談の脚本家のようでもある。

さらに、時々話の最後に小学生時代に書いたような稚拙な絵が、 真理追究をよりわかりやすくしている。
ただ、これも読み手の意表をつき、筆者は漫画家ではないかと錯覚を与えてしまうかもしれない。
余談はこのくらいにして、本題に入りたいが、どうも書くことがない。

とはいえ、日常生活において、自分にも起こっていることが先生にも起こっている話があるので、 先生の対処方法というか、考え方の一端を垣間見てみよう。
まずは、「土屋センセイですか」の話。電話等によるセールスの話である。
「自宅や職場に電話をかけてきて『お前だけにもうけ話がある』とか「いい節税法がある。」 とか『格安の墓地がある』と教えてくれる人がいる。」なんてことこれは、たいてい の人が経験しているのではなかろうか。
土屋センセイの対処法は、 「セールスらしい声だと判断すると、有無を言わさず切ることにしている。明るくて愛想のいい声なら セールスだと判断しているのだ」まあ時々同僚からの電話もまじっていたらしいが・・・。

次は「怖い病院」の話。これはあまりにも私の体験談と似過ぎている。
いつ病院に行っても、なんで医者はこんなにふんぞりかえって、標準値を超える値があると、鬼の 首をとったように叱るのかと思っていた。
「医者には『こんなになるまでどうしてほっといたんだ』、『不規則な生活をしているから こうなるんだ』などと叱られ、・・・病院を出るときには、すっかり罪人になったような気分になる」 いかがだろう。さらに「病院がこんなに怖いのなら、健康によくないに違いない。転地療法という 治療法があるが、その原理は、『居場所を変えると病気が治る』というものである。この原理から すれば、居場所によっては病気になるはずである。病院にいると、病気は悪化するのでは ないかと思う」ということなのだ。やっと合点がいった。

これ以上、引用すると、本を買わない人がいてはいけないのでやめにしよう。
おわりに、奥さんと助手の顔も見てみたいものだ。



群ようこ作
本取り虫


この筆者の本は初めてである。
なのになぜ選んだのか。
題名「本取り虫」という字、そして、序文にかえて書かれている「本の増えない本棚」を読みながら。
同じように「本を減らしたい」という願いを持つ私にも、何かいいヒントがもらえるのではないかと、 読んでみたのだ。

ちょっとその部分のフレーズを拾ってみよう。
「本を処分するなどもってのほかで、とにかく本がたくさんあると、安心していたのだった」
「時折、これでいいのかと自問自答・・・本棚を見渡すと、そこいらじゅう未読の本だらけだ」
「だんだん考えが変わってきた。本はたくさんいらない」

「新居もまた本だらけになるのは必至である。どこかで心を鬼にしないと、一生私はこのままだ、 と思ったら決心がついた」「欲しいという友だちに片っぱしから送り、あまった分は古書店に売った」
「本棚に入らない本は持つまい」「私は本を読みたいのであって、集めたいわけではなかった」
筆者がここに到るまで、どの程度の年月を要したのかわからないが、 とにかく本に対する執着心が変わったのだ。
その心の変化と行動がいいヒントになる。

要はいらない本を仕分けし古書店へ売るか、人にあげる、欲しい本も買うかどうかよく考える。
そして、収納すべき本棚を限定し、増やさないということのようである。
本の数は、筆者と問題ならないが、私もそろそろやってみようと思う。

なんて書いたが、どうも本題に入らない前に、あまり書き過ぎたようだ。
そもそもこの本なるものは、エッセイである。それも筆者が選んだ本のすすめである。
と言っても、本の題名から内容に入っていくわけではない。

まずは、第一のチャプタ「つぶよりの人生」では、自分の少女時代のこと、自分の好きなもの、 青春時代、いまの暮らし、好きな作家、出世する女に嫉妬する男、家族のことを話しながら、 自分の好きな本の好きなフレーズや登場人物の生き方等を引用して、 自分なりのいまの考えを述べるのである。
第二のチャプタ「手作り生活」では、好きな手作り、編物から派生して糸の品質から色、そして好きな作品集、 家事に、着物に、旅の話・・・と、その中でも「手作りの誘惑」では、こんな自分の性癖を、 「私は手作りに関して、何でも首を突っ込んできたが、長続きしているものは少ない」なんて 反省しながら書いている。

第三のチャプタ「事実は小説よりも」では、それぞれ、就職、結婚披露宴、古典、手紙の文章、 華族の実生活、ゲイバー、物忘れ、ストレス、我が身、散歩、イギリスをキーワードに話が 展開していく。
どのエッセイがということはない。ただ、いままで本読みに関して、いろいろ感じていたことへの ちょっとしたヒントというか、同じような考えを持っている部分が出てくるとウムウムとひとり 悦に入ることが出来るのである。

それは、古典に関し、筆者は「鬱陶しい厄介な代物」で無視してきたということだ。
ただ、努力の跡はある。源氏物語を読むべく谷崎潤一郎全巻を三年に一度買うが、 知らぬ間に本棚から消え失せている。枕草子も花伝書も読んでいない。
そして「日本の書物」(紀田順一郎著)にゆきあたるのだ。

なんのことはない、艶話の本である。でも筆者は、この本で「古典文学を読んでみようという気分に なっている」とは言ってるが、この本は8年も前の話、その後はいかがなのだろう。
読んでいないで欲しいものだ。私が読まないのは、現代国語でも十分理解できていないのに、 一語ずつ現代解釈して、さらに作者の意図をなんていうと、もう疲れてどうでもよくなるからだ。
その現代解釈なんてのも、人それぞれだからでもある。

もう一つ、ウムウムがある。
「私は本を読むのが好きだが、新刊本が出るとすぐ買って読むというようなことはしない。 どちらかというと、今、書店に置いていない本を探して読むのが好きなのだ」
あなたはいかがだろう、どんな本の選び方、買い方をしていますか。
終わりに、いろいろな本が出てくるが、これだけ読むジャンルが違うとは いえ、一冊も読んだものはなかったのでした。



野口悠紀雄作
日本経済企業からの革命


筆者の作品は、「ホームページにオフィスを作る」を読んで以来である。
筆者は、いつもベストセラーになる作品を送り出す。
その作品は、ノウハウものが多い。
それも読者がこんなものがあったらと思うタイミング で発刊されるから、ベストセラー作家としてそれも小説とか随筆とかではなく「実用書」 の世界では、いま一番光っている人ではないだろうか。

そう言った意味からすると、今回の単行本は、本来の専門分野のお仕事ということになる。
経済用語がフンダンに出てくるから、読んでいて意味が十分に理解できないところがある。
そんなところはしょうがないから適当に飛ばして読んだ。

読みながら、特に面白いと思ったところが三点ある。
まずは、いままさに経済の世界で起ころうとしていることは、 「第三の波」のアルビン・トフラーが言うことと同じ、「産業革命超える革命」であるという認識。
次に「IT革命の本質」は、経済体制の帰趨を決める情報技術であるということ。
そして、日本経済の革命は、決して政治がしてくれるわけではない、企業から改革していく以外にはないのであるということ。

確かに昨年、颯爽と登場した小泉首相に、低迷を続ける日本経済再興の救世主として、 ほとんどの人たちはエールを送り続けていたはずだ。
しかし、一年経ちどうも小泉政治は経済の構造改革をしてくれそうにない、という人たちが多くなってきている というのが今の状態ではないだろうか。
筆者は明言する、「日本再生の第一歩は、政府に期待することをやめることだ」さらに 止めを刺すように「国民が政府に期待すれば、政府は何事かをせざるをえなくなる。 そして、誤った政策をさらに進める。こうして日本経済の社会主義化は、さらに進む」

強烈である。「改革するためには痛みが伴う」と言われつつどんな痛みかもわからぬままきた。
この本を読んで、事の本質がわかった。「古い企業が退場して、新しい企業が登場するか、 あるいは強力なリーダーシップによって、存続する企業の内部構造を抜本的に変革する」 このことによって、労働力の流動性が起き、多くの失業者、職種転換による痛みが出てくるのだ。
ところが、いまの政策の不良債権処理・金融緩和策や円安誘導は、 古いタイプの企業を温存するだけで、何ら経済活性化に役立つものではないということなのだ。

真に経済構造を変えるためには、小規模ベンチャーの進出を促すための税制や銀行主体の間接金融から一般投資家による 株式市場を活性化するための直接金融への変換や、痛みで生じる失業者への対策が肝要なのだと、筆者は言う。
なんて、わかったようなことを私は書いているが、私が特に興味を持って読んだのは、第6章の「 ガバナンスの確立なくして企業改革なし」である。
と言っても、このガバナンスなる言葉もよく理解しているわけではない。

要は、変身ができない大企業組織の問題点を指摘し、その変身のための課題設定がされているかなのだ。
いくつか列挙してみよう。
企業収益率の低下のためには、新しいビジネスモデルを探す。
変化に対応するためには、組織内の分業から市場を通じる分業へ。

とはいえ、これはまがりなりにも経営改革をしなければと思っている経営者が是非読まなければ いけない本のような気がする。企業が変われば変わるのだから、 まあ政治家は読まなくてもいいのだが。
この本がベストセラーになれば、日本再生は夢の話ではないような気がしてくる、それが 次世代に残せる21世紀へのプレゼントなのだと思うのだが、さてさてどうなるでしょう。

経済評論家が、言いたい放題の昨今、素人でもわかりやすい実に痛快な本だった。



石川恭三作
心に残る患者の話


お医者さんの書いたエッセイ。筆者の作品は2冊目である。
テーマに「心」という文字を見つけて買った。いつものようにエッセイだから、どれから読んでもいい。
ハッピイエンドで終わる話もあれば、その後どうなったのか気になる話、泣かせる話、 どういった死を迎えたのかという話。

病は突然に人を襲う、そうかと思えば生まれた時から、死ぬ病を抱えている人もいる。
どれがどうだからというものでもない、ひとそれぞれの生き方、病のとらえ方、死に方なのである。
筆者のこの本を読んで思うこと、インターン時代、 どの方面の医者になるかというこぼれ話は実に面白いが、どのシーンにも出てくる 筆者の立場が実に明快なのである。

それは、常に患者の立場に立って、積極的傾聴に心がけていることである。
それも相手の言いたいことを「引き出し」、それに耳を傾けるのである。
最近は、特にコミュニケーションが成り立たない世の中とよく言われる。

その裏側にあるものは、相手に興味を持つということではなく、自分を知って欲しいとか、 自分のことをしゃべりたいというのが先に来るのだろう。
自ら相手に興味を持って、聞き役に回れば、知らぬ間に対話が成立し、温かい情景が生まれてくるのだ。
これは、死なぬような治療、延命治療を目標に進めてきた医療が大きな曲がり角にある中、 患者の立場に立った治療はどうすべきなのかという、結論がこの本の中にはあるように思える。

最近、「医療過誤」という問題が、毎日、ニュースにならないことはない。
そこにいつも不足しているものは「こころのない医者」の治療に他ならないように思うのだが、いかがだろう。
全部で19のエッセイがある。

特に気になったのは「埋もれた欲望」である。
話し手は、通産省を定年退職後、某大手商社に役員として再就職後、 すでに第一線から勇退、三年前妻に先立たれ、がんの告知を受けていた。
「私はもう間もなくこの世から消えていきますが、 その前にこれまで誰にも話すつもりがなかったことを、無性に誰かに話したく なってしまったんです」と言いながら話し始める。

「ガンの宣告を受けて、いままで真面目一方 の堅物だった、自分の命の使い方を真剣に考えた。世間体などどうでもいいから、 これからは好き勝手なことをしてみようと思ったんです」
そんな彼の行くつくところは、 ソープランドであり、デートクラブであり、同性とのセックスだったのだ。

死という言葉を聞いた時、自分ならどうするだろうか、そんなことを考えさせられたエッセイである。



吉村昭作
間宮林蔵


私の好きな吉村昭歴史小説作品である。
1964年単行本化、1988文庫化、そしてこれは22刷目。
「間宮林蔵」、間宮海峡を発見した人程度しか知らない。

物語は、文化4年(1807年)4月25日、千島エトロフ島のオホーツク海沿岸にある シャナの海岸シャナ会所に、「ロシア艦の水兵たちがナイボに上陸した」という情報が アイヌ人によりもたらされ、騒然となっていた。そんなところから始まり、林蔵が1844年 内縁の妻おりきに看取られて死ぬまでが描かれている。
江戸幕府が200年以上、鎖国政策を続ける中、異国船が遠洋航海に耐えうるものとなり、 日本近海にもその異国船が頻繁に出現し、いろいろなトラブルが発生していた時代である。
もう少し後の時代まで、林蔵が生きていたら、異国船に対するどんな 海防論を唱えていただろうかと思う。

吉村作品を読んでいると、いつも思うことがある。
それは、「あとがき」に記されている小説を描くための史実やヒントをどこから 得て、そこから構想を練ってどう展開したかと言うことだ。
今回もそこをちょっと読んで見ると、面白いところがあった。

それは、主人公は、妻帯をしたという事実がないにもかかわらず、林蔵の墓には、 二人の女性の戒名が記名されているという。
筆者は、かならず描く主人公の墓を訪れるのだが、 この女性の話も小説に取り入れているのだ。
そんなところを読むとなるほどうまいものだと、 そして、主人公がより身近に感じられてくるから不思議だ。

主人公の林蔵には、三つの顔がある。
1つは探検家としての顔、1つは土地測量と地図作成者としての顔、そして、幕府からの密命を 帯びた隠密として、海防をどのようにすべきかを提案する顔である。
次の展開はどうなるかとどきどきしながら、興味深く読み進めたのは、 前半の探検家としての部分である。

「樺太は島なのか、大陸の一部なのか?」という林蔵としての命題を達成するため、 言葉の通じない未開地へ、命を落とすことを常に考えながら、 たゆまなき冒険心を全面に出しての彼の行動力を描いていくシーンは秀逸である。
樺太が島であるということを確認し、目的を達成した林蔵は、多くの人から認められ 全盛期を迎えている。

その探検家のこころをうまく表現しているフレーズがある。
「林蔵は、さらに北へ進みたかった。樺太が島であることを確かめるためには、 その最北端を見きわめねばならない」
「林蔵は、樺太が島であることを確認し、幕府から命じられた役目を果たす ことができたが、樺太がどの国の影響を強く受けているかを知りたかった」
「樺太調査を完全なものに するには、東韃靼におもむき、その実情を把握する必要がある」

しかし、いつもながら人間というものは、いいことばかりが続くわけではない。
幕府天文方高橋作左衛門から受け取った書簡と小包(シーボルトからのもの)をお役所に 届けたところから、シーボルト事件へと展開し、 彼へ向けられる世間の冷たい視線に晒されることになるのだ。

主人公が名もない農民の子から、世間に見出されていく過程に人の不思議な縁を感じる。
まずは、13歳の時、小貝川の堰きとめ工事で、普請役雇の村上島之允に見出され、下僕になったことである。
次に、ロシア来襲騒ぎに巻き込まれ、処罰が決らない段階でありながら、 オロシア潜入の上申書を奉行支配吟味役高橋重賢(三平)に提出し、それが採用されたことである。
もう一つは、伊能忠敬の縁から、羅針盤を貰い受けさらに、地図作成のノウハウを教えてもらったことである。
縁とは本当に不思議なものだ。




・メニューへ(ここをクリックしてください)