今週のおすすめ本


ブック名 法師蝉
著者 吉村昭
発行元 新潮文庫 価格 420円
チャプタ @海猫
Aチロリアンハット
B手鏡
C幻
D或る町の出来事
E秋の旅
F果実の女
G法師蝉
H銀狐
キーワード セカンドライフ,男というもの,女性のたくましさ,人の死,男のひがみ・グチ
本の帯 少年時代に眼にした法師蝉の羽化の情景。僅か十日ばかりの残された時間を過ごすために幼虫の固い殻を説くとき,蝉は体内のすべてが透けて見える儚げな姿をしていた。
人もまた逝く時が近づくと淡く透きとおった様子になってゆくものなのだろうか。

気になるワード
・フレーズ
・「夕食は,冷蔵庫に煮しめが入っていますから,それですませて下さい」
・友人に誘われてもゴルフ場に行くまでがわずらわしく,腕が人並以下なので熱も入らず,その後の疲れを考えると行く気になれない。そうした自分にくらべて,妻には充実した生活があるようにみえた。
・朝食をすませてテレビに眼をむけながら,今日はどのようにしてすごそうか,とあれこれ考えるが,いずれも億劫に思え,腰をあげる気にもなれない。
・三歳しかちがわぬのに妻はいきいきとしていた。
・「女房がいれば,まだ働く気はあったがね。会社から帰っても迎えてくれる者もいないし,・・・」
・「体はこれといって故障はなく,もしもこれから二十年,三十年生きでもしたら,どうやってすごしたらよいのか,それを考えると途方に暮れる。なにもすることがないというのは辛いよ」
・「かれが会社を定年になって退社した時,女房が私も定年だから別れたいと言ったんだそうだ」
・「昼食は外ですると言いましたね。御飯がポットの中にあるから,夜は鮭缶をあけてすませてください。」
・妻にとって自分は空気のような存在で,それにふさわしく空気が流れ出るように家を出てゆけばよいのだと,思った。
・「今まで長い間あなたの世話をし,子育てもしてきたのだから,これからは自分の思うとおりにして楽しまなくちゃ」
・休日には,下着を洗って室内で干し,クリーニング店に電話をかけてワイシャツを持って行ってもらい,新聞紙を束ねてごみ回収車のくる日に家の外に出しておく。そのようなことをしている自分に,今までなんのために働いてきたのか,と情けない思いがした。
・かれの手が腿にふれると,「もう,こういうことはやめにしようよ。私はわずらわしいし,あなたも自分の年齢を考えて・・・」
・定年退職後,朝起きて,今日はなにをしてすごそう,と思案する日が多い。周囲の人たちはあわただしそうに日をすごしているのに,自分はなすべきこともなく・・・。

かってに感想 吉村昭作品といってもいつもの歴史小説ではない。
9編の短編小説である。
男のセカンドライフをテーマにしたものばかりである。
筆者がエッセーとか短編小説を描くとき,かならず二十歳の頃の肺結核の闘病生活がでてくる。
今回の作品のなかには,人の死の儚さ,さみしい男のセカンドライフ,運命というか宿命のようなものが感じられた。
男は定年近くなると,同窓生の訃報が届き始め,元気だった同級生の死に自分の死が近づいていることに気付く。
それと同時に妻の元気な姿ばかりが目に付くようになり,なにもすることがない,時間を持てあますおのれに惨めさを感じるようだ。
少し紹介してみよう。
肺結核の闘病生活で余命も少ないと思っていた自分が生き残り,その時見舞いに来てくれていた同窓生が,定年後妻から離婚を要求されて離婚後一年で他界するという「手鏡」。
定年後,「まぶしくて起きてしまうじゃないの」「新聞紙をひろげる音がうるさくて,たまらないわ」等,妻の何気ない言葉に「探すな」と書き置きを残し旅に出る男,それでも港町に住む夫を妻が迎えに来る「海猫」。
定年後,妻から性生活を拒否されたり,「これからは自分の思う通りにして楽しまなくちゃ」と言われたり,息子や娘からも見放されている自分が空気のような存在に思え,空気が流れ出るように書き置きもせず旅に出る男。妻が迎えにくるといった場面はないのでどういう結末かは見えない「秋の旅」
隣近所の夫婦同志が不倫後,心中,残された家族の表情と葬式シーンがある「或る町の出来事」
勤務先に「悠々自適」と書いていた友人の死の前の同窓会での姿が,羽化する法師蝉とダブル,葬式を終えて自宅に帰ると,「私の方が先に死ぬ。平均寿命も男の方が短い」「いえ,死ぬのは私の方が先です」と会話を交わしていた妻が,突然,死を迎えていた,「法師蝉」。
いずれも,死の儚さと何ともつまらない男のセカンドライフが浮き彫りにされている。
それにしても家庭に戻った男のふがいなさというかもろさというか,自分が建てた家なのだろうが,プイと旅に出ていく。実に侘びしい。
人間の死を法師蝉の羽化にたとえる部分は,実に儚さを感じさせるに十分だ。
とはいえ,それに比較し女性の力強さだけが目立つのが気になるのだが。ぐさりと男の心をえぐるフレーズと男のグチ・ひがみフレーズは「気になるフレーズ」に載せておこう。
世の奥さんたちへ,こんなフレーズひょっと口走っていませんか,男はすっといなくなりますよ。せいせいしてちょうどいい失礼しました。
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