• 山本 峯章ほか作:欲の研究
・欲にもいろいろある。物欲,金欲,性欲,出世欲,名誉欲,人間だれしも自分はどの欲が特に強いのかわかっているのである。欲がなくなってしまうと生きている意味がなくなる。
・と言っても欲を出しすぎるといいことにはならない。そのさじ加減がわからず,ころばぬ先の杖とはならないのである。欲を出しすぎて失敗して初めてわかるのである。「少欲知足」という言葉があるが,欲には限界がない。禅の坊さんにはこの少欲の程度がわかったうえのことだろうが・・・凡人にとってはどの程度かわからない。そういったことを考えること自体が欲通しのかもしれない。
・この本にはそれぞれの欲求について分析しなぜその欲求が生じるのかまで言及している。特に性欲の部分では「高齢者の性的対象は夫婦というより自分のそばにいて性的魅力を感じる相手」名誉・出世欲の部分では「エロス(欲望)とタナトス(死)」のそれぞれの側でのとらえ方を解説しているが,タナトスの側に立った考え方に同感するものがあった。
・この欲望社会を生きぬくためのアドバイスに@仲良くつき合うことAルールが必要B欲望はすべて成就しないC欲求不満の解消法を身につける。があったが,実行できるでありましょうか。


  • 山川 静夫作:短いスピーチほどおあとがよろしいようで
・年とともに人前で話す機会が多くなってきた。話してとしては人がどのような受け取り方をしているのかが,一番気になるところではある。と言っても,スピーチの訓練をするほどの根気はない。
・NHKのアナウンサーの経験に基づくスピーチのノウハウは読んでそれなりに納得がいく。ただ84ものノウハウを実行することは至難である。
・そのノウハウで気になった部分を紹介してみると,下手を理由に話を思い切って短くする,主役はだれか,こころを開き開かせふれあう,ふだん着で話す,適度な間を置く,思いつきの話がよい,自分の話をじっくり育てる,・・・・。
・どんなことでも同じだと思うが,スピーチを短くして要領よくまとめるにもやはり,最後の章「スピーチは一日にしてならず」に集約されるのではなかろうか。


  • 樋口 清之作:女の知恵が歴史を変えた
・「梅干しと日本刀」の筆者でもある樋口先生がなくなられて1年以上が経つとある。筆者の作品に「逆日本史」シリーズがあり,かなり昔に読んだことがある。学校の歴史の教科書で学んだことのないことがふんだんにあり,不透明な時代には過去の歴史に学ぶべきというが,事実多くの学ぶべきものがあった。
・いま,太平洋戦争中,前に起こった事件,南京大虐殺事件・従軍慰安婦問題等で真実はいったいどうだったのか。過去の日本の歴史を見つめ直そうとする動きが出て,本もシリーズで出版されている。
・一方ではあくまでも日本の戦争責任を含め,悪い方へと解釈しようとする考え方を持つグループも根強く 残っている。
・この作品には,世の中,男と女,時代をそれぞれ男の時代,女の時代と言うように,男女区分で言うように,戦争時代は男,平和時代は女,春秋戦国時代のあとの江戸時代はやはり女の時代であった。この本ではこの時代に活躍した女性の話が多く出てくる。
・特に最終章での春を売る女性の名称に,花魁,芸者,遊女,夜鷹,湯女,飯盛り女,比丘尼,女歌舞伎,時代は変わって,呼び名は変わっても性を売る商売のアイデアは多くあることに驚かされる。ただ,江戸時代の性を売るアイデアは女性が考えているが,今の時代は男が考えているアイデアが多い。


  • 落合 信彦作:恥と無駄の超大国・日本
・一言痛快である。この本を読んで少しでもエリートの意味をはきちがえているエリートといわれる人や政治家が発奮してくれればよいが,ことほどさようにうまくはいかないし,恥を恥とも思っていない人が新聞記事に毎日出る昨今,やはりかなり日本国は重傷というより,重体と言わざるを得ないのではないだろうか。
・現在の日本における政治の世界の制度等ごく当たり前のごとく行われていることをテーマに,テーマごとに恥,無駄,有害,退屈,下品,知能を指数で表し,どこが恥で無駄かをあらゆる角度から指摘。
・さらに,ユニークな改善策まで織り込まれている。特に国会議員,お役所の無駄遣いのチャプタは都・府民・国民の知らないところで,税金の無駄使いが多くされていることがよくわかる。血税を無駄なく有効に使わせるためには,国民の審査・チェック機関を設置しないとどうにもならないのではないか。
・既得権とか言ってコストも意識しないので,惰性で継続していることが多くあるのではなかろうか。この指数には100を超過するものがたくさんあるから,瀕死状態と言わざるを得ない。


  • 井原 隆一作:言志四録を読む
・読書は目的を持って読むと、読んでいるうちにひらめくことがある。
・同じ名字で江戸時代に大儒学者がいるというのを最近ある本で知った。足繁くいろいろな本屋に出かけるが見つからない。やっと昨年末に某書店で見つけ,久しぶりに探す楽しさを味あわせてもらった。値段は高いし,分厚い本であったがすぐ飛びついた。
・この本は江戸時代末期に生きた佐藤一斎という先生が書いたものを,井原氏が現代サラリーマン・経営者向けに優しく解説したものである。漢文とか古文となると敬遠しがちであるが,仕事への取り組み方,人生の生き方,等刺激になることが多くある。言志四録は全部で4巻あり,項目数にして1133条となっているが,筆者が過去の経験からこれぞと思うもの357条を抜粋している。
・1条1条を現代口語文に直すとともに,その条項に関連すると思われる中国古典の格言などを引用したり,主に中国における歴史上の史実を織り込んだり,また筆者の経営者時代やサラリーマン生活で経験したことも織り込りこまれており,実用に耐え得るものとなっている。
・一環して筆者が使用する言葉の中に智・仁・勇・恕があるが,特に恕という言葉に共感を覚えている。気になる人生訓については自己紹介の中で順次紹介していきたい。
・私自身50を迎える前でもあり,筆者自身がいっている言葉で一番気になったこと−老人の養生法−を最後に抜粋してみた。また,将来に渡ってもこの本はひもといていきたいと思っている。
  (1)心がやわらいでいること
  (2)自然の成り行きに任せあせらないこと
  (3)ゆったり,楽しく過ごすこと
  (4)物事に凝り固まらないようにすること


  • 井沢元彦、小林よしのり作:朝日新聞の正義
・本の題名からして何事が書かれているのかと思う。小学生時代に月光仮面こそまさしく正義の味方と思っていたのとは違い,いまは混沌の時代,政治にしても教育,公僕,企業倫理,エリート,いずれにしてもどれが正しい姿,人,正しいことを言っているのか,ほとんどの一般庶民はよく見えていないのではなかろうか。普通過ちは素直に認めるべきであると思っていたのであるが,そうでもないらしい。エリートといわれる人間たちの中には,していいこととしてはいけないことの区別がついていない人がいる。反省のいろは全くない。世紀末に近づき腐敗がドロドロした膿のごとく毎日,新聞記事に載る。
・この本の第一章には「わしらも朝日少年」だったというフレーズがあるが,実は私も朝日新聞をずっと読んでいた。よく出てくる言葉に「情報操作」「マインドコントロール」が出てくる。読者は紙面に書かれていることを真実として読み,大新聞であればこそ余計に信ずるのではないだろうか。
・しかしながら,坂本弁護士事件に関するTBS報道,サリン事件で犯人扱いされたAさんの記事,小学生殺人事件の被害者と加害者の扱い方,特ダネ・視聴率史上主義の商業主義が見え隠れする。
・「朝日は歴史認識において間違って報道しても誤りを認めない。」そんな文章を読むとメディアとして日本をどちらかの方向に無理矢理引っ張ろうとしているのだろうか。私自身差別に関する資料集めに同新聞の記事をよく読んでいる。歴史認識としての南京大虐殺問題,従軍慰安婦問題の事実と朝日の報道を見ればやはり「新聞を疑って読め」ということになる。是非反論して欲しいものである。
・この本の中に「SAPIO」という雑誌名が出ていたので早速最新号を読んでみた。その中に「メディアがメディアを批評しなければ第4権力は監視できない。」(ジョー・コナー)という記事があった。その中に「・・・最近は大手新聞社,雑誌社,そしてテレビ局も一企業としての利益追求に走っている傾向が強くなっています。会社の利益にならないことはあえて報道しない。まったく報道されないのです。・・・」
・これは大新聞社に限ったことではないほとんどの企業が都合の悪いことにはできる限りフタをする傾向がある。95年を過ぎそれがどんどん表に出ている。一般の人はただ唖然として見守るだけである。ただ報道機関について言えば,ジョー・コナー女史が言うように「民主主義の中でのジャーナリズムの役割は会話を作り出すこと・・・ジャーナリストは大勢の人が会話に参加できるように情報を伝える担い手です。・・・・」だと私は思う。そういった意味からすると個人が大メディアをチェックし,頑張っている。しばらく気になる二人の頑張りに注視していたい。


  • 井沢 元彦作:言霊U
・言霊(ことだま)−言葉に宿っている不思議な霊威,古代その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられた。−と広辞苑にある。「起こって欲しくないことは言うな」「言えば起こる。」言霊というものを信じ深層意識の中で信じているがゆえに,世の中に起こる事象の真実をオブラートにくるんで扱う。
・筆者の作品は,同和研修の資料としていくつか読んだ。根深い差別の原点はどこにあるのか。科学の時代いま考えればおかしいとわかることが,ごく当然のごとく信じられていた。この作品は世の中に起こるいろいろな事件の報道の仕方に矛盾・事実を事実として伝えない傾向があり,それは日本人の深層意識の中にある言霊の影響から脱しきれていないことにあるのではないか。特に大新聞にその傾向が強い。
・その矛盾をペルー人質事件での世界の常識と日本の非常識,ノモハン事件でのロシアの弾丸の威力に関する情報が生かされなかったこと,神戸小学生殺人事件加害者に対する精神科医のコメント(脳障害)未掲載,従軍慰安婦の強制連行のうそ,南京事件100人切りのうそ,木津信組破綻における預金引き出し殺到を取りつけさわぎといわない記事,国民・企業側から見れば景気回復基調とは言えない状況でもそれを認めない経企庁等の記事を紹介し,紙面では知ることのできない事実,あるいは事実を伝えない不可解さが書かれている。
・この悪弊から逃れるためには,日本人の深層意識のなかにある言霊を認識するとともに,物事を考えるにあたって縁起の悪いことから,決して目をそらさない常に最悪の事態を考えることが大切であると解いている。
・言霊があるがゆえによかった点はただ一つ,文学面での源氏物語等の独創的な作品の結実であるという。


  • エドガ・ケイシー作:我が信ずること
・この本はエドガーケイシー自身が書いたり,しゃべったりしたことが集録されている。本の帯に「今世紀最大の予言者エドガケイシー」という文言からして,いかがわしく胡散臭い本のように見える。予言といえば諸世紀を著したノストラダムスというベールに包まれた人物がいる。「ノストラダムスの大予言」等五島氏の詩解釈に基づく本はほとんど読んだが,この場合,詩の解釈次第でどうでもなるという感じがしている。
・一方の同じ予言者でもエドガーケイシーという人物はこの本を読み,テレビで「知ってるつもり」を見た限り相当違う気がする。彼が残した数少ない著作の中に彼の謙虚さ,お高ぶらない,奢らない,私心がない,そんなものがにじみ出ているような気がする。
・訳者が言うように「予言者宗教の支配する西洋と神人的宗教の東洋を自らの中に統一し,なんらの矛盾を感じない。」「キリストを信ずるが,同時に神を自分の中にあると信ずるその心のあり方がケイシーの精神世界を創り上げていったのである。」
・欲望という名の列車から完全に降りることができない普通の人間を超越しているから,しゃべる言葉に暖かさがあり,リーディングも第三者的にしゃべるから,私心が全くないと感じられるのではないだろうか。
・オーラ,テレパシーとなると全くわからないが,肝要なことは自分自身の心の持ち方で自分の中にある内なる神を呼び醒まし目覚めることにあるという。口に出してものを言っている自分と頭の中で別のことを考えている自分を思うとき,おのれのなかに何かがあるのではとだれもが思っているのではなかろうか。その内なる自分をいかに成長させるかが人間の一生を充実させるキーになると思ったのである。




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