今週のおすすめ本 |
ブック名 |
恍惚の人 |
著者 | 有吉佐和子 |
発行元 | 新潮文庫 | 価格 | 579円 |
チャプタ | 16のチャプタからなる。 | キーワード | 老い,介護 |
本の帯 | 1972年連合赤軍あさま山荘事件,上野動物園にパンダ, この年,「恍惚の人」刊行 |
気になるワード ・フレーズ |
・信利は布団をかぶって深々と眠っていた。自分の親だというのに,世話はみんな妻に押しつけてしまう気かと昭子は腹が立った。男というのは家庭内の煩わしいことは避けて通ろうとする傾向があるのではなかろうか。 ・茂造の小用が終ると信利は反射的に身を翻して階段を駆け上がった。こんなことを毎晩させていたのかと思うと,妻に会わせる顔がなかったし,老残の父親の顔も見たくなかった。 ・本当に,老人問題は今のところ解決の見通しというのはないくらい深刻なんです。家庭崩壊が起こりますしね。主婦の方に,しっかりして頂くより方途がないんです。 ・老人性鬱病というのは,老人性痴呆もそうですが,老人性の精神病なんですよ。ですから,どうしても隔離なさりたいなら今のところ一般の精神病院しか収容する施設はないんです。 ・長い人生を営々と歩んで来て,その果てに,老耄が待ち受けているとしたら,では人間はまったく何のために生きたことになるのだろう。あるいは彼は,もう終った人間なのかもしれない。働き,子孫を作り,そして総ての器官が疲れ果てて破損したとき,そこに老人病が待っている。癌も神経痛も痛風も高血圧も運よくくぐりぬけて長生きした茂造のような老人には,精神病が待ちかまえていたのか。 ・茂造は無趣味で,おまけに気難しいかったから,近所との交際もなかったのである。芝居を見るのではなく盆栽をいじるでなく,妻との小さな家の中に,二人きりで縮まって暮していれば老化を防ぐ精神的な刺激はなにもなかっただろう。 ・昭子はよく働き,よく考え,心身の鍛錬と老後の楽しみについて今から計画を立てようと,もう他人事でなくそういう結論に達している。 ・昭子は黙っていたが,心の中では,このとき堅い決意を固めていた。今までは茂造の存在が迷惑で迷惑でたまらなかったけれど,よく今日からは茂造を生かせるだけ生かしてやろう。誰でもない,それは私がやれることだ。 |
かってに感想 |
介護保険制度が2千年から始まって,急速な高齢化社会の21世紀が待ち受けている。その時代に65歳以上となるのが,われわれ団塊の世代なのだ。 本を探索しながら,最近のキーワードは,老いとか死生観の本に目がいってしまう.さらに加えて単行本ではなくできれば安い文庫本,介護とかについて昔はどうだったのか気になりはじめ,そういえばと思い出したのがこの本だ。 少なくともこの時代のこの本の話題は,めずらしくかなり衝撃的でテレビドラマにもなったと記憶している。 介護は女性がそれも自宅でひたすら耐えてという時代だったのだ。さらに赤軍派による浅間山荘事件でテレビに釘付けになっていた年でもあった。 最近では,介護だ,介護ビジネスだと社会全体が騒がしいから,このジャンルの本には事欠かないが,あらためて,自分たちの親がぼけたらどうなるか,どうするかを考えるいい本である。 同じ敷地に夫の両親と生活をともにする共働き夫婦,日頃全く死とか,老いとかに無縁だった家族が,突然の姑の死と舅のぼけの始まりで,次から次へと起こってくるさまざま出来事にどう対応しようかと戸惑うシーンがいくつも出てくる。 特に介護の問題を単なる家族の問題としてではなく社会の問題として鋭く描いている。30年前にこのような問題作が出ていながら,介護の問題はやっとちょについたところなのである。団塊世代が自分たちの問題としてやっと意識するようになったからだろうか。 いろいろなシーンについて書いてみると,毎夜,庭での小水,被害妄想による毎夜の泥棒騒ぎ,街への徘徊,風呂で体が洗えない,入れ歯を自分の歯だと思っている,日頃接することのなかった夫やその妹がわからない,鎮静剤と失禁,大人のオムツ,骨壺から姑の骨を取り出す,浴槽で溺れる,急性肺炎,便所への閉じこもり。 こんなシーンが毎夜中かちょっと目を離したスキに起こるのだ。読みながら,自分に照らしてみて,まずは恍惚になるまで生きたくない,寝込まずに死にたくないとだれしも思うだろう。しかし,現実はそううまくいくものでもない。 トラブルもなく病人もいない平和な家族生活の中では気付かないが,老いとか死は,かならずや家族の世話になるものなである。そして,なぜ自分たちだけがこんなにも不幸なことが重なるのかと思っている人がほとんどだろうが,まちがいなく「死」「老い」に関する経験は,いずこの家も変わりがないのだ。 30年前に比べたら,貪欲なぐらいに生に対する人間の執着心は,さらなる医学の発達から望んでいない延命治療での,寝たきり老人をごろごろ作り,豊かな食事と金銭的な豊かさはそれなりに長生きは当たり前なのである。 衣食住足りて礼節を忘れ物にし,こころに対する豊かさを忘れ物にしているために,貧しい終幕を迎える時代なのである。 この本は,あらためて老いとか死がすべての人間に共通の問題であり,社会の問題であることはもちろん家族の問題であることを考えさせてくれるのだ。 ただ漫然と老いを迎えるのではなく,自分の死生観をどうもつか,いいきっかけになる作品である。 |