今週のおすすめ本 |
ブック名 | 漂流 |
著者 | 吉村昭 |
発行元 | 新潮文庫 | 価格 | 619円 |
チャプタ | [序} 11のチャプタ 「結」 |
キーワード | 生きる、積極的な生き方、新しい発見、危機の時のリーダー、自然の厳しさ、希望、念仏 |
本の帯 | この作品に出会うために、編集者になったような気がする。 |
気になるワード ・フレーズ | ・私が江戸時代の漂流者の記録に興味をもつのは、突然のように姿を現わす 元日本兵に対する驚きが原因なのかもしれない。 ・愚痴を言いたければ、言うががいい。しかし、いくら愚痴を言ってみても、 なんの益もないことがわかります。所詮叶わぬ身であるとさとれば、 それから生きる力のようなものが湧いてくるものです。 ・水主たちの間に、重苦しい空気がひろがっていた。或る者は、終日ひとこ とも口をきかず、一点を見つめたまま坐っている。また他の者は、落ち着きがな い目をして些細なことを種に諍いをする。・・・涙ぐんでいる者もいた。 ・かれらは一層激しく悩み、死ぬほど悶えればいいのだと思った。 嘆いてみたところで、だれも救ってくれる者はいないし、結局は、 自分のみを頼りにしなければ生きられぬことに気づく。 ・長平は、毎日碑名をきざむ儀三郎たちのもとに赴いて一心に念仏をとなえた。 かれには、ひたすら念仏をとなえることが心の安らぎになった。 ・毎年、季節季節に同じことをくり返す自然の営みに、長平は敬虔な気持を いだいた。人の力は無にひとしく、達者に生きてゆくためには自然の流れに 素直に身を託さねばならぬと思った。 ・長平は、うつうつとした表情に黙りこくっている水主たちに声をかけ、 声をはりあげて念仏をとなえる。それにすぐ応ずるのは、いつも清蔵と三之助で、 他の者も一人一人口を動かし、やがて全員で唱和する。そのうち心がなごみ、 少しずつ明るい気持になり、かれらは一層声をはりあげた。 ・季節の変転の中に長平たちは生きてきた。その生活も単調繰り返しで、 わずかに二年前から舟作りという想像していなかった新たな仕事がはじめられたが、 それも釘が尽きたことで中断される。 |
かってに感想 | 久しぶりの吉村作品である。 依然筆者の作品で13歳で漂流してアメリカ船に救助され、アメリカで生活し通訳 等で活躍した「アメリカ彦蔵」を読んだ。 今回の作品は、時代をさかのぼること、65年前の江戸寛政時代の話である。 小説の本題に入る前の「序」では、終戦後何年も経て日本兵が帰還した話から入る。 昭和生まれの私が知っているのは、せいぜいグアム島から帰還した横井庄一、ルバング島から 帰還した小野田寛郎であるが、どうもその前に二組もいたらしいのだ。 そのうちこの「序」では、昭和26年アナタハン島から帰還した20名の話にふれている。 もともと31名の男と1名の女が居たのだが、ピストルが手に入ったことから、女の取り合いが始まったのだ。 本題の無人島での生活者とは、いささか生き方が異なる。 生きていくための物(水と食糧)を探すところから始まるのとは違い、生きるためのものが、 ある程度満足している時、人間は何を欲し、何を争うのか・・・。 物語は、土佐ノ国の主人公水主の長平と仲間の音吉が、1785年1月28日舟宿で一夜を明かしたところから始まる。 二人は、飢饉に苦しむ村にお救け米を運搬する船乗り、積み荷を下ろした帰りに、吹雪に遭い、 漂流する。 行き着いた島は、八丈島、青島よりさらに南端の鳥島だった。 幸い、食糧は、アホウドリや魚、貝、コンブを食べることで、水は雨が多くアホウドリの 卵を容器にして、雨水を溜めてしのいだのだ。 しかしながら、火山島で無人島のこの島へはアホウドリ以外近づくものも、救助船が来ることもなかった。 幸いと言うか不幸にも、二隻目、三隻目と漂流者が増え、いろいろな道具が増えたことが、 八丈島への奇跡の生還へとつながったのだ。 この本を読んで、まずは感動して涙が溢れたことから書こう。 それは、漂流した材木や釘等を集め、2年がかりで船が完成した時であり、 その船に生きていた14名と7人の遺骨を乗せて出帆するシーンである。 あまりにも過酷なそれぞれの無人島での生活、13年、10年、7年、何度も何度も挫折しそうになりながら、 勝ち得た、生の道。 もう一つは、人の出会いである。最初に漂流した長平とほか3名、そして次に儀三郎ほか10名、 そして最後に栄右衛門ほか5名である。 まさしく運命的であり、漂流はしたものの、生還するためにここに集まったようなものである。 もっとも筆者が漂流から生還した主人公にスポットをあてない限り、ほとんど忘れ去られた 過去の話と言うことになるのだが。 この時代は、時化にあえばまず生きて帰ることはなかったからだ。 さらに、この本を読み感心したことがある。 主人公は生きるということに対して積極的な考え方の持ち主であり、こんな状況の中で、 漂流者全員の能力とか性格を見抜き、彼らそれぞれに的確に役割を与えている。 そして、挫折しそうになると、生きる励みを与え、生還への道筋を着実に積み重ねていく姿である。 これは危機の時に本領を発揮するリーダーの条件を満たしていた人物と言える。 読み進めながら、経営指南書のように思えてくるから不思議である。 忘れてはいけないことがある、確かに主人公は漂流した長平であるが、 間違いなく登場時間の長いアホウドリもその一人ではなく一匹である。 筆者がその生態を知り尽くしていないと書けないストーリーの展開なのだ。 もうひとつ筆者の知識に感心させられるのは、船に関するものである。 おわりに、主人公たちにこれでもかこれでもかとおそいかかる 自然は厳しい、しかし逆らわなければ、生きるためのいろいろな恵みを、 自然はやさしく人間に与えてくれるということだ。 |