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Q20:転々と住む場所変えても、それなりに年をかさねても、 自分の気持ちの中に暖かく残っているのは故郷です、故郷の魅力は? |
≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ 故郷の話でしたね 遠くで思うのが一番かな なかなか帰れないですけど帰ればやっぱり ホッとしますよね 姉妹に言わせれば母親一人 なのでいい加減帰ってこいってうるさいのですが まだまだ帰る気持ちにはなれないですね でも帰ったときは私なりに親孝行はしているつもり なんだけどなー ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ 私の故郷・・といっても 転勤が多かったので「故郷」といわれるような ところは、ないのでは・・。 強いていうのなら生まれたのは芦屋です。 生まれてから9年間ここで育ちました。 山の手のお子さんが同じ小学校にいました。 ただ・・今から思えば決して「華美」でもなく どこへ出しても恥ずかしくないような女の子って いう感じで、皆さん、けっこうしつけは、きちんと なされてたような気がします。 ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ う〜ん 故郷は遠くにありて思うもの・・・です。 あ〜私四国は徳島出身です。関係ないけど 阿波おどり 踊れますよ。 父も母も既になく(長兄がおりますが)帰省することも あんまりないですね。 私が女のせいもあるかも?しれないけど 故郷のイメージは 母ですね。 その母はもう30年も前に亡くなっているのでね〜 よく男は定年になったら 故郷へ帰りたいなんて聞くけど もっと歳いったら 私は都会へ うってでたい わ 田舎は機動力がないと動きが取れないでしょう。 今は自分で車でもゲンチャでも 歩いてでも可だけど これが何時までできるか?って問題よね だから、出来る限り都会だ 過去は過去で もういいよ ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ 私の故郷は鳥取なんですよ。 今は誰もいませんが、2、3年前に帰ってみました。 小学校も高等学校も廃校になっていました。 唯一の中学校はりっぱになっていました。 昔を思い出しながら今の年を思うとなんだか懐かしい気持ちと 淋しい、わびしい、悲しい いろいろな感情が交差します。 ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ この世に生を受け、それなりの年まで生活してきた所というものは、 母親を乞うが如くに懐かしいもので、 言葉で表現するのはなかなか難しいです。 「ふる里」という童謡がありますが、 自分の心に残っている田舎はあのような・・・ 心やすらげるところでしょうか? ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ 私の故郷って何処だろう? 愛媛県五十崎町生まれ、5歳で大分市へ。 結婚して神奈川県で6年間すごし、Uターン。 以来、市内を2度転居。 新婚時代を過ごした鵠沼、 夜景が素晴らしかった上大岡の社宅、 住み込み寮母をした綱島、 息子達を育てた長浜・・・ 住んだ場所ってそれなりの思い出があって どこも懐かしいですね。 ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ 故郷の魅力は、まだまだ素材がいいところですかね。 東京や大阪も好きですけれど、最近は岡山も好きです。 ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ 私が住んでる街もよくよく観察してみるとお店が変わっていたり 今まであったビルが突然になくなって空き地になったりしていて 世のなかが、じょじょに変わっているのだと、 なんとなくおっかけられるような感じがしています。 ≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫≪≫ |
ふるさとは子どもの目線で見ていた。 だから、大人の目線で見ると、こんな小さな狭い世界だったのかと、久しぶりにそのふるさとを車で通過したとき思ったものだ。 神社の鳥居・境内、小さな広場。田んぼ、用水路 自然が多く田んぼが畦道が、その田んぼも少なくなり、畦道も舗装され、水溜まりに長靴で入った頃が懐かしく思い出される。 この畦道を学校の行き帰りに通ったのだ。 この田んぼを駆けずり回っていたのだ。 大人になってからの故郷は鳥取である。 転勤で4年間、住んでいた。 何がよかったか、せかせかこせこせしていない。 しゃべる言葉もあたたかさを感じたものだ。 四季のめりはりがあり、特に冬は厳しいけど春・夏・秋が実にいい。 セカンドライフはここがいいと思ったものである。 現実は子供時代のふるさとにいま住んでいる。 |
メルトモ交信状況その10 |