〜〜 (過去の話パート1:H12.7.1記)〜〜

ホームページを中断して,もう2年・・・。 エミ姉ちゃんの介護にあまり変化はない。
母の病状は悪いなりに安定してしている。
しばらく最近の母の変化を書いてみようと思う。
昨年の10月,せき込むことが多くなり, 食事が喉を通るのにいつもより倍近い時間(1時間)を要するようになった。

それに微熱も続く。
肺病を併発してはいけないと、エミ姉ちゃんは町医者先生に, 紹介状を書いてもらい,母を労災病院に入院させることにした。
しばらくは,点滴により栄養分を補給することに, もちろん便回収はおむつである。度重なる大量の便でベッドカバーが汚れ, 看護婦さんには大変迷惑をかける事になる。

この時点では,もう喉からの食事は困難となっていた。
無理に食事をさせれば肺の方に入り,厳しい事になると医者から言われる。
こんな状態が続き,エミ姉ちゃんと話しながら,私は次のステップを考えていた。 それは,鼻からチューブによる栄養補給なのだと・・・。



〜〜 (過去の話パート2:H12.7.8記)〜〜

10月のある日,突然エミ姉ちゃんから勤務先に電話がかかる。
ある程度の覚悟はしていた。
もう次の段階なのかと・・・。
電話での相談の内容は,私が考えていたものとは違っていた。
手術をすることにしたと。

私はいまさら何の手術かと疑問に思いながら
エミ姉ちゃんの言うことに耳を傾けていた。
胃に穴を空け,その穴から栄養補給するというものだった。
手術は極めて簡単で,危険なものではないという。

エミ姉ちゃんは,ベターな方法なので選択をしたという結果報告であった。
本人の意思(まだまだ生きたいとか,手術はしたくない等)が確認できない以上, ベターな方法であるのなら家族としての選択はこの方向(一日でも長く生きていて欲しい) でしかない。
私も簡単に同意していた。
同意しながら,母の生きる意思について考えている自分がいる。

それは,延命治療が本人の意思ではなく, ただ医師や私たち家族のものになってしまっていることに。
一方で,生前に延命治療を断る意思表示をいつすべきなのか, そのタイミングの難しさを感じている。
やはり尊厳死協会に登録すべきなのか・・・



〜〜 (過去の話パート3:H12.7.15記)〜〜

母の入院した病院の入院患者の回転は,実に速い。
一週間に一度見舞いに訪れると,4つあるベッドのいずれかの患者が変わっている。
じじやばばばかり,もちろん長生きの比率からして,ばばが多い。
そんな中にも,母と同じようなパーキンソン病もちの人が入院してきた。

一週間で完全に容態が急変していた。 そんな病のことをよく知らない, そのばばを看病する同年齢の女性にエミ姉ちゃんはいろいろアドバイスをしていた。
退院後,その同年齢の女性とは時々情報交換をするらしい。
ばばが同室になると夜中にぶつぶつ言う人とか気が合う人ばかりはいない。
中には気が合わず, 泣きながら先生に病室変更を願うばばがいた。

ちょっとしたことががまんできなくなるのだ。
難しいお年ごろである。
わが母はひたすら横たわっているだけであり,その心配は全くない。
喜んでいていいのだろうか?




〜〜 (手術後の食事:H12.7.22記)〜〜

母は,いま,喉からの飲食を一切していない。
喉が乾くということも殆ど言わない。
唇が乾けば,脱脂綿で濡らすだけである。
辛い,甘い,にがい,酸っぱい,味覚の話は全くしない。

食べることの楽しみは全くないのである。
胃に開けられた穴,それに通した管,その管の入り口にある栓を外し, その穴から栄養補給をする。
食事は一日3回,補給方法は点滴と全く同じである。
栄養分は750kcal,午前6時,11時30分と午後4時。
液状の物を電子レンジで温めて,1時間30分かけて胃に流し込む。

手術後,この栄養補給で10kgも太った。
と言っても、32kgである。
全然動くことはできないので、当然腹回りに肉が付いている
エミ姉ちゃんの力コブは、まだまだ大きくなりそうだ。




〜〜 (食事と便通:H12.7.29記)〜〜

栄養剤は,町医者先生から毎週届けていただく。 缶詰め状態なのだ。
口から食べている時は,どんどんとやせていって20kg大になっていた。

胃への直接補給で,30kg大になり,お腹だけがぼてっとしている。
いま<この缶詰め栄養剤を低カロリーのものに変更してもらうよう, 町医者先生にお願いしている。
さて,食べた後は,便通である。

手術前は,薬を飲ませ,さらに下剤を使用していた。
手術後は,毎朝定時に便通がある。
エミ姉ちゃんの手間から言えば楽になったのだろうか。
といっても,便の処理に楽も何もない。
臭いがなくなるわけでもないのだ。




〜〜 (介護度判定:H12.8.12記)〜〜

今年の4月から、介護保険制度が始まった。
この保険制度の開始前に介護度の認定作業が、 各市町村で行われ、作業が遅れがちというニュースが流れていた。

母の場合、すでに訪問看護ステーションからの介護サービスを受けていたので、 訪問看護の方に必要書類を提出していただいた。
介護度は「5」である。
この介護度「5」は、短期入所支給限度いわゆるショートステイが42日/6カ月、 通常サービス限度基準単位、35,830単位/月ということになった。

この介護度の判定では、コンピュータのソフトが間に合わないとか、 いざ判定して実施したが、 いわゆる寝たきりではなく徘徊老人の認定が軽度すぎるという問題が発生している。
その判定条件を修正するというニュースも流れたが、その後どうなったのだろうか。




〜〜 (サービス利用票:H12.8.19記)〜〜

母は介護度「5」と認定され,今年の4月から、そのサービスを受けるようになった。
エミ姉ちゃんはできるかぎり,自分で介護したいということから,公的介護を押さえてきた。
この介護制度が開始されたからといって,そのサービス内容に,変化はない。

いままでどおり,訪問看護ステーション「さくらんぼ」からいつものように介護の方がやってくる。
変わったことと言えば, そのサービスを期単位で管理する「平成12年○月分サービス利用票」 なるものが配布されたことだろうか。
本当は,「さくらんぼ」のサービス内容に不満足であれば, 他の看護ステーションを選択すればいいのであるが・・・。




〜〜 (サービス利用状況その1:H12.8.26記)〜〜

「介護度5」の母への介護サービスは,短期入所(ショートステイ) 支給限度が6カ月間で42日。
通常サービスの月間限度基準額が,35,830円である。
被介護者の負担は,この限度額内であればその1割負担となる。

エミ姉ちゃんの実際の利用状況となると,
短期入所サービスが4月〜7月までの4カ月間で12日間
と大きく下回っている。
やはりエミ姉ちゃんはまだ利用を遠慮しているのだ。
一番利用したい盆のショートステイだけはかなりの競争だそうである。
今年,エミ姉ちゃんは5日間利用した。



〜〜 (胃の栓:H12.9.2記)〜〜

母の食事は,胃の栓から流動食を点滴のように補給する。
栓は,食事のたびごとに消毒する。
ビーチボールの空気入れの栓と同じである。
この栓も定期的に交換する必要がある。

取りつけると,外側からは簡単に抜けないのである。
交換時期は,半年を目処に行い,7月にその交換のため,手術をした病院へ出向いた。
特殊な栓で,保険の対象にならないらしい。



〜〜 (母のエネルギー:H12.9.9記)〜〜

母の固形エネルギーを調べてみた。発売元大塚製薬、製造元雪印乳業とある。
一袋、200ml:200kcal、約1時間で胃袋に点滴と同じように流し込むのである。
商品名「ラコール」とある。
ひたすらその栄養分を書いてみよう。

乳カゼイン、大豆たん白質、トリカプリリン、ダイズ油、シソ油、パーム油、マルトデキストリン、
精製白糖、クエン酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、塩化マグネシウム、 塩化カルシウム、ちょっとひと休み・・・

クエン酸三カリウム、クエン酸三カルシウム、リン酸二水素カリウム、 塩化カリウム、グルコン酸第一鉄、
硫酸亜鉛、硫酸マンガン、硫酸銅、 ビタミンA油さらにこのビタミン1g中に12種類含有(省略)
薬学の勉強になるほどの品名である。
室温保存、一日この袋を三袋ということになる。


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