今週のおすすめ本


ブック名 生と死の接点 著者 河合隼雄
発行元 岩波書店 価格 1700円
チャプタ T.生と死の間 @ライフサイクル
A元型としての老若男女
B老いの神話学
C老夫婦の世界
Dファンタジーの世界
U.昔話と現代
Eグリムの昔話における「殺害」について
F片側人間の悲劇
G日本人の美意識
H日本昔話の中の他界
V.現代社会と境界性
I現代と境界
J境界例とリミナリティ
キーワード ライフサイクル,老い,死生観,昔話,境界領域
本の帯 人間にとって老いそして死はどんな意味をもつのか。人の一生をトータルに捉え直し,新しい生き方の可能性を示唆する
気になるワード
・フレーズ
・人間の一生は,人によってさまざまであるが,それはそれぞれひとつの過程としてみることが出来て,そこには季節の変化があるように特徴的な節目と変化が見られるというのである。
・死後の生命があるかないかなどと議論するよりも,それについてのイメージを創り出すことによって,われわれの人生はより豊かになり,より全体的な姿を取る事になるのである。死後の生命という視座から現世の生を照らし出すことによって,より意義のある生の把握が可能となるのである。
・科学は本来価値判断と無縁のものである。科学的に老人の能力の低さが測定されたとき,だから老人は無価値だと考える人は,どのような世界観によって立っているのか。おそらく科学の力があまりに強いので,科学的に測定し,得る強いものが価値があり,弱いものは価値がないと思うようになったのであろうが。
・ユングも人生の前半において,「成人」として自分を確立してゆくことの重要性を大いに強調するが,それによって人間の「発達」が終るのではなく,内面に注意を向けると,内面的成熟はむしろ人生後半においてこそ行われると考えたのである。ユングの主張はあまり一般に受けいられなかったが,彼の没後,1970年頃より・・・欧米において人生をもっと広い観点から見ようとする傾向が急に強くなってきた。
・本来的な「遊び」の境地に結びついてこそ,老いの神話に関連している。囲碁を単なる勝負ごととして打っている人は,老人になって思考力の衰えを自覚したとき,それは急にわずらわしいことにさえなり,老後の生活を助けてくれるものとはならない。趣味をもつにしても,少し工夫が必要なのである。
・50年間共に暮らしたので,何もかもわかっていると考えるのは早計である。男女が互いに相手を知りつくすことなど不可能である。
・能率をよくする,無駄を省くということ自体はもちろん大切なことであるが,それは恐ろしい半面をもっている。何を能率よくするのか,無駄とは何か,などについてよほど本質的な考えをもっていないと,それは命とりになってしまう恐ろしさをもっている。
かってに感想 人の一生−ライフサイクル−のうち,特に老いについては,あまり心理学的に分析されていないという。ユング派を継承する筆者にとって,ユング自身も壮年の次のステップとしての老いを自分自身の老いと照らしながら,分析を試みてきたが結果として成し遂げられなかった。
 この本は,その老いについて分析しながら,生と死のバランスをとることの大切さを説いている。内容的には哲学的なところが多いため,凡人にはかなり難しいが,昔話や児童文学作品に登場する人間関係,実際の心理療法例を通してわかりやすいものにしている。
 むつかしい専門的な言葉のある大きなチャプタ−昔話と現代,現代社会と境界性−については,思いきって飛ばし読みした。したがって,「生と死の間」について読んだことになる。
 自分の人生を考える上で,大切なものは何かを考えさせてくれる本であった。特に老いるに従い,関わりのあるキーワード「死の受容」「老いと無駄」「内面的成熟」「趣味と遊び」「夫婦」について,教えられるものが沢山あり気になるフレーズにも載せたが,大切な本として取っておきたい一冊になった。
 では二三のキーワードについて,教えられたことを少し書いてみよう。まず,「死の受容」については−死後生があるかないかを議論するよりも,死の後に続く異なる生への入口として受けとめる方が,はるかに老いや死を受容しやすくなる。あるいは死後の生命についてのイメージを創り出すことによって,われわれの人生はより豊かになり,より全体的な姿をとることになるのである。−という考え方で,吹っ切れた感じを単純な私は持てたのであるが,色々な種類の悩める人間と沢山接してきた筆者は,「現代人は,死後生を単純に信じられない」ということになるのか。
 そして,老いるに従い凡人は,自分が社会に役だっていたのかどうかを意識し始めるが,その時に気になるのが「老いと無駄」ということになる。これについては,「人生の後半において大切なことは内面的成熟であり,能率をよくするとか無駄を省くとかで科学的に弱いものとされた老人にその価値はないと決めてしまっている。」その結果,無駄のなくなった社会は,人間同士の関わりも無駄をなくそうとし,なぜかぎすぎすした人間関係だけが残っているように私には思える。
 さらに,筆者はそういった社会で育ってきた子供たちは,創造性に乏しい人間が育っていくともいう。
 「何か価値あること,意味のあることをしなくてはならぬ,と人々が忙しくしているとき,老人は何もしないでそこにいること,あるいは,ただ夢見ることが,人間の本質といかに深くかかわるものであるかを示してくれるのである」この意味を理解し老人に対する畏敬の念が思い醒まされればと思うのは私だけだろうか。
 朽ち果てていくものの見苦しさだけが,クローズアップされたり,若さだけがすべてとされる現代への警告ともいえる本である。朽ち果てていく自分たちに光を沢山あててくれるフレーズ−『「無駄をなくそう」と皆が努力している。これに対して「無駄を大切にしよう」と老人の知恵は語るのである。』『単純な発想によって現代において「邪魔者」扱いされる老人たちの存在は,現代のもつ弱点に対して,それをカバーし,反省をうながす知恵をそなえたものとしてみることができるのである』−との出会いは,50代にしてやっと探しているものを見つけたような気分が味わえたと思っている。
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