今週のおすすめ本


ブック名 西郷札ほか
著者 松本清張
発行元 新潮文庫 価格 579円
チャプタ @西郷札
Aくるま宿
B梟示抄
C啾々吟
D戦国権謀
E権妻
F酒井の刃傷
G二代の殉死
H面貌
I恋情
J噂始末
K白梅の香

キーワード 因縁,人間の結末,責任の取り方
本の帯 西南戦争の際に薩軍が発行した軍票をもとに一攫千金を夢見た男とその破滅を描く 「西郷札」等の短編時代小説
気になるワード
・フレーズ
「恋情」の中の短歌(暗黙の許婚でありながら,女は皇室に嫁ぎ,その皇太子に愛されないまま,死ぬ。男は英国留学中に女の婚姻の報を知り,女のメッセージは短歌だけという小説)最後の句は死生の句である。男を恋しく思う女の気持ちがおわかりいただけるだろうか。
・百千波かくて隔つるものながら君まさきくて越え給えかし
・暮れてなほ灯しいるるを忘れいつかの日と同じ雪あかりなる
・八潮路の果の空こそおもほゆれ茜漂よう朝の海辺
・うつせみの身は滅ぶとも何かあらむ今こそ君がみもとにぞゆく

かってに感想 ひさしぶりに短編小説というものを読んだ。長編の場合,読み進むにしたがって知らぬ間にその中に入り込んでしまうが,この場合,1小説1時間もあれば十分であり,ちょっとした隙間の時間にぴったりといえる。
 松本清張の小説は,推理ものということが頭の片隅にあったが,文庫本のタイトルが「西郷札」傑作短編集(三)と「西郷」と「傑作」となっていたため,読んでみる気になった。
 この文庫は12の短編で構成されている。時代背景は,江戸時代あり,江戸から明治へ移る過渡期あり,そして,テーマは武士道,時代の移り変わりとともに人の行く末がどうなったのか,封建体制や封建体制から明治時代の士民平等への急激な変化はそれぞれの身分の人間たちにとってどんな結末をもたらしたのか。
 西郷札での金儲けが破滅の道へ,老車引きの意外な素性,時の司法卿から謀反による斬首へ,幼馴染みが自由党の論客から一転スパイとして斬殺へ,家康・秀忠将軍の執政としての本多正信・正純親子の結末,妾に産ませた子(別人)を息子が好きになり斬殺・自害,父の殉死へのあこがれから自らも殉死,松平忠輝のひがみと隠遁・蟄居生活,暗黙の許婚が宮殿下へ嫁ぎ手の届かぬところへ等
 結末がどうなるのか,短編ながら予想に反する結末に驚いたり,実に面白い。
 後半は結末を推理しながら,読んでいったが,推理通りにはならなかった。やはり時代背景からか死への覚悟がいつも見え隠れする。人の一生は,いいときもあるが結末はわからないというところか。一生終えてみてはじめて一生がはかれるものらしい。
 12のストーリーの中で,特に,「権妻」は皮肉な運命をサスペンスタッチで描いて,人生の結末は死ぬまでわからないというところが描かれ,実に面白い。ストーリーの展開を書いてみると,若いときに愛人を作り,その子供が生まれたが,行方しれずのまま,本妻はなくなり20数年が過ぎていた主人公の隣家に,皮肉にもその愛人が産み落とした娘を語る女が現れる。その女を自分の息子が妻にしたいというのである。その女は父の形見ということで印籠を持っていた。因縁とは恐ろしいもの,背筋が寒くなるが,その女は芸妓の時の同僚が話していたことをそのまま息子に語り,その芸妓が死んだときの形見の印籠をそのまま見せたのである。主人公は因縁を知らぬ女を斬殺し,自害という結末を迎える。
 また,最後の作品「白梅の香」では松本清張の得意の推理小説的な部分が出てくる。
 歌舞伎役者のような若武者が,殿の供で江戸に出て,暇な時間にちまたの芝居小屋を訪れていたところ,側女に見初められ一夜をともにした。
 朝帰りをした若武者はその所業を上司に知られる事になった。ところが,その上司は,その若武者についていた香の臭いが,わが藩にしかないものでありながら,若武者についていることから疑念を抱き,「白梅の香」を横流しをしている不正を見破るというもの。
 話の展開が見えないから,ついつい最後までという事になる。しばらくは,松本清張の傑作短編シリーズを読んでみたいと思っている。
・人生論へもどる