今週のおすすめ本 |
ブック名 |
やさしさ病棟 |
著者 |
徳永進 |
発行元 | 新潮社 | 価格 | 1470円 |
チャプタ |
55章からなる Bキクさんはタイムトンネルをくぐって行く Cよしえちゃん、わかるかあ Gな、先生、しまおう Jうち、鹿児島へ帰りとうなった K「ンドキの森」のお嫁さん N人間って勝手なもんね Pお年玉は「イチマンエン」 S百点満点の着陸でした 25.壊れないものって何だろう 26.糖尿病は根性とお経で治る!? 27.盲腸に毛の生えたくらいの手術だから 30.何も使わず、自然でいきますわ 35.こんなにいい顔、先生にだけ 37.そうですか、桜ですか 39.雪の中、ふゆ子さんを見送った 40.星野先生の補習授業 43.一人暮らしのノラさん 48.命はすぐに終わらない |
キーワード | ・やさしさ、コミュニケーション、死に方 |
本の帯 | <やさしさ>というオアシスの水はまだ涸れない。病む人の看取る人の、逝く人のまわりにほんとうの<やさしさ>が充ちているから |
気になるワード ・フレーズ |
・病んで流浪せねばならぬ者の苦しみをキクさんは語る。「どこの家もみんな
同じです」とぼくは言う。キクさんは、「そうでしょうか」と言って、初めて
柔和な顔になる。 ・「いやー、全然苦しみませんでした。静かに着陸しました」とご主人。「百 点です。百点満点です。いやほんと、みんなが揃っているときに、百点満点の 死でした。」 ・「一番大切なものは何なんだろうと考えてたの。・・・・人間の体だって、 命だってそうよ。そうでしょ?壊れる。だったら、一番大切なものって何なん だろう、って結局、こころ、じゃない・・・」 ・「死ぬ前にはその薬、どうしてもつかわんならんということはないでしょ。 だったら使わず、自然でいきますわ、きっとその方が自然が好きな労さんにも 似合っているし」 ・家族を持っている人には不可能な「放念」という境地がノラさんには開かれ たのではないか、と思えてきた。「放念」の境地に達すると、外からのモルヒ ネは要らないようだった。 ・この本に登場して下さった患者さんやその回りの人々のありように医療者の 心のやさしさのオアシスの水が涸れない理由があるのではないか、と。患者さ ん自身が持っている表情、放った言葉、家族の必死の看病、友人や知人の声援 、それらが医療者に影響を与えている、と。さらに言うと、患者さんやその家 族のいる病室をふんわり包んでいる空気、気配が医療者の中に入っていくこと が、水が涸れない理由ではないかと思う。ぼくはそれを「やさしさの回路」と 呼んでみる。 |
かってに感想 |
メールフレンドから、推薦の言葉をいただき早速購入。
鳥取赤十字病院の一医師が「生老病死」に関わった人間模様。55のチャプ
タからなり、患者一人一人のドラマがそこにある。 市井の医師、「生老病死」のコーデイネーター、人生のよきアドバイザー、 頼まれればどこでも時間をいとわず治療に飛んでゆく。入退院の送り迎えまで してしまう。 なくなられた方にそっと花を買ってきたり、遺体を運んだり、葬式に出て火 葬場まで行ったり、死に際で家族と一緒に泣いたり、癌の宣告をさらりと言っ たり、軽妙なユーモアを交えて患者を和ませたりと温度差のある人間関係が会 話として表現されている。 きっと読者は、こんな飾り気のない先生ならば臨終のコーディネートをして 欲しいと思うのではないだろうか。 チャプタによってはその後が気になるものがあるが、死を迎える場面ばかり でないことが、少し安堵感を覚え、死期は老若男女を問わず、自分が意識しよ うがしまいがいつかかならずやってくるし、人それぞれの迎え方がある。どん な死に方でも「そんなに力を入れなくてもいい具合に死ねますから」という医 師としての筆者の言葉は実に重みがある。 この本には違った楽しみがある。4年間鳥取に住んでいた関係からその地名 や街道名に懐かしさを感じたり、冬積雪の多い山陰地方の気候を思い出させて くれる。雪の多い季節、勤務先までウォーキングした記憶と事業場の玄関先、 アパートの庭先の雪かきはいまでも鮮明に想い出せる。 さらに、懐かしく想い出しているのは鳥取独特の喋り言葉−方言−「もうす ぐ正月だでえ」「やあ院長先生、あがってつかんせえ」「そんなに食べるけ、 胃悪うしただ」「いけんわ、食べれん」「どがーいうことはない」そのひとつ ひとつに地方独特の暖かみを感じながら、いまだに鳥取県人の方と酒を酌み交 わしたりするとその言葉が出てくる。 もらい泣きしたチャプタは、@「そうですか、桜ですか」A「星野先生の補 習授業」そして、患者が病室で退院を心待ちにしている姿がよくわかるB「命 はすぐ終わらない」の内容が特に心に残っている。 少し内容を紹介すると@は外科から内科へ移ってきた52歳の男性ガン患者、 妻と春に受験をひかえた高校生と中学生の子どもたち、患者は死期を悟り、「 あのー、あと、どれくらいあるでしょう」「桜でしょうか」そしてこのチャプ タの言葉となる。患者は子供たちの試験結果を知ることなく家族に看取られな がら最期の時を迎えた。もう少し生きたいという気持ちもむなしく死期は容赦 なくやってくる、人生の無常を感じてしまう。 A高校の名物教師が癌患者として入院してくる。その恩師との想い出を語りな がら、恩師の残された日々を闘病だけで過すのはもったいないと感じ、了解を 得て「伝えたいこと−たった30分の夏季補習授業」を企画する。40人の教 室に100人が、30分の授業が75分に、先生も教え子も過去と現在を線で 結びながら人生の充実した時間を過す姿がほほえましい。その後恩師が終末を どのように迎えられたかは推測の域をでない。 B日赤の8階から大山が見えるとは知らなかった。このガン患者は放射線治療 で腫瘍が小さくなり、55日間で退院した。その入院生活の日々大山を見てそ の様子を書き写したメモを退院時、先生に手渡した。日々変わらぬものはない。 特に自然の移り変わりを見ていると人の生死のはかなさを感じる。 筆者は、「医療現場はやさしさを失う場であり、やさしさを得る場でもある ようだ。『やさしさの回路』によって、ぼくら医療者は、気がつかないうちに 原点に帰らせてもらっている。」とあとがきに書いているように、これが筆者 の人にやさしく接せられる源のようである。 メールフレンドへ本当にいい本をありがとう。 |