今週のおすすめ本


ブック名 史実を歩く
著者 吉村昭
発行元 文春新書 価格 714円
チャプタ @「破獄」の史実調査
A高野長英の逃亡
B日本最初の英語教師
C「桜田門外の変」余話
Dロシア皇太子と刺青
E生麦事件の調査
F原稿用紙を焼く
G創作雑話
H読者からの手紙
キーワード 図書館、取材の目的
本の帯 作家はどこで素材に出会い、どのように調査を進め、いかにして歴史の”真実”に迫るのか
気になるワード
・フレーズ
・傲岸不遜な振舞いの多かった高野長英は、獄中生活で・・・処刑されるため 外に引き出される者をふくめた入牢者と日夜接触したかれは、人間それぞれ背 負って生きているのを感じ、無学の者にも自分を凌駕する人間味豊かな者が数 多くいることを知り、傲慢さは跡形もなく消えた。
・私は歴史上著名な人物を主人公にする小説を書くよりは、全く世には知られ てはいないが、歴史に重要な係りを持つ人物を調べ上げて書くのを好む。
・時間の流れとともに、人はこの世を去る。私は辛うじて両氏に会えたことを この上なく幸運に思っている。
・小説の書き出しはきわめて重要で、それをあやまると、小説の構成はくずれ、 収拾がつかなくなる。
・これまで歴史小説を書いてきた私は、私が書こうとする史実を研究している 人に出遭うのが常であった。
・「資料調べは大変でしょう」と言われると「いえそれほどではありません。 あるところにはあるのですから・・・。それを見にゆけばよいだけなのです」
・小説の主人公は、こちらが勢いよく体当りしてもはじきとばされるような強 烈な存在であるべきで、曾祖父(強盗に殺害された)たちは小説の主人公とし ては余りにももの足りないのを感じたのだ。
・証言は複数以上の人によるものでなければ信用できず、危険な要素を多くふ くんでいると考えなければならない。
かってに感想 作家はどこで素材に出会い、どのように調査を進め、いかにして歴史の”真 実”に迫るのか。という本の帯にひかれ、この本を購入した。
 「事実は小説より奇なり」という言葉があるとおり、歴史の中に埋もれた興 味深い事件が多くある。過去歴史の事実として信じられていたことが、資料を 読んでいくうちに矛盾を感じた作家自身の調査で新しい真実が明らかになって いく。
 なんの気なしに読んでいた小説もこういった作家の資料に基づく事実調査を 頭にイメージしていくとさらに面白く、歴史に興味がある人は、こたえられな いノウハウの公開という事になるのだと思う。
 素材は、編集者・郷土史家からの提供、資料集めは、各地の図書館でそのコ ーナーがかならずあるという。過去発行された本、歴史に刻まれた人物の子孫、 歴史上の人物本人の日記、その事実を調査した人物の調査と対面、読者からの 手紙、作家はその事実の情報収集に長年の勘をきかせられるようになるから不 思議である。
 事実を追いかける執念のようなものが感じられる。新しい真実が小説の中に 織り込まれればさらに面白い小説になっていくのだろう、それが読まれ続ける 作家の本ということになるのだろう。
 歴史的事件に関わった者は、必ずといっていいほど何らかの形でその事実を 残そうとする。時には事実をみたまま、あるいは少し脚色した形で、真実は一 つであろうが、収集した資料、現地調査から作家の独特の推理がものをいうこ とになる。
 推理されたことと、現地調査で確認した事項が一致したとき、作家は最大の 喜びを得るものらしい。読者はその喜びを小説の中で感じる事になる。  この本で取り上げられた史実にはそれぞれつぎのような興味深いことがあっ た。
@「破獄」の史実調査(小説「破獄」)
・主人公が4回の脱獄のあと、府中刑務所に収監されてからは模範因となり刑 期をつとめをえ、仮出所した事、この刑務所での所長との出会いとその所長の 接し方
A高野長英の逃亡(小説「長英逃亡」)
・逃亡ルートの真実
B日本最初の英語教師(小説「海の祭礼」)
・ペリー来航の5年前にアメリカ人が単独で北海道に上陸していたこと
C「桜田門外ノ変」余話(小説「桜田門外ノ変」)
・平和な時代、戦から遠ざかっていた武士たち、彦根藩士と水戸藩士の乱闘状 況
Dロシア皇太子と刺青(小説「ニコライ遭難」)
・皇太子の日本での外遊とお相手
E生麦事件の調査(小説「生麦事件」)
・大名行列でのイギリス人の斬殺のされ方と場所を特定するまで
 何かの事業・仕事を始めようとする時、その出足次第ということがあるが、 歴史小説を書くとき、佳境に入るまでの時代をどこに設定するか「最初の一行 で小説の運命はすべてきまる」ものらしい。著名な作家でも他の事象にとらわ れすぎて失敗を繰り返すこともあるらしい。また、作品が完成した後でも気に なるフレーズはずっと気になるものらしい。こんな話を聞くとなぜかほっとし、 ほほえましさを感じてしまうのは私だけだろうか。
・定年へもどる